脳出血を起こした日の記憶
自分が入院した日が3月26日なので、自分が脳出血をした日はどうやら3月25日ということのようだ。
この日覚えているのは激しい嘔吐感だ。
昼か夕方に冷蔵庫にあった冷凍ピラフを食べた。数日前に新玉ねぎを買っていたので、それは成長しないように買ってきて川剥いて刻み玉ねぎにして冷凍してあった。この冷凍玉ねぎを半玉分くらいと皿分の冷凍チャーハンとレンジで5,6分チンして食べた。あと、たぶんプレーンヨーグルトを開けて冷蔵庫においてあった桜桃の缶詰にかけて食べたと思う。しばらくして寝るかと寝床に潜り込んで寝ていたら、深夜に激しい嘔吐感に襲われて、便所でげーげー吐いた。この時点では「やばいな、これはO157 でもかかっちゃったかな?もしかして新型コロナかな?」「玉ねぎが腐るか、芽が伸びて悪くなってたりしたのか?」などと思っていた。
数時間吐き続けて、胃の中も空になって、緑の胃液までひたすら吐いた。すべてを吐いて寝たと思うが、寝てたのか意識を失ってたのかはよくわからない。
昼頃になっておきると胃がからっぽなので何か食べなきゃと近所のスーパーにでかけた。いつも行ってるスーパーなのだが、店内で物の場所がわからず迷う。会計では楽天PAYの使い方が全然わからない。店員さんにやり方がわからないんですけどと聞いて、会計してもらい、アパートに帰ることにした。ところが、そこからアパートに帰る道で迷子になってしまった。アパートから数百メートルで確かに道はわかりにくい、というか自分のアパートの位置がわかりにくいのだけど、いつも通っているので無意識にあるいていたのだが、この日は自分がどこに向かっているのかまったくわからなくなって、どこかの駐車場に立ち尽くして呆然としていた。。こりゃあ家に帰れないなと
思い、ここで救急車を呼べばよかったのだけど、なぜか警察しか思いつかなくて、110番して、「すみません、こんなお願いをしていいのかわからないんですけど、家の近所で道に迷ってしまったのですが、家に帰れそうになくて、、すみません、連れて行ってもらえないでしょうか?」と頓珍漢な電話をした。このときたぶん「みつかしわ」という甘味屋の看板の下にいたような気がする。
警察官が2人来てくれて住所をいって免許証を見せて部屋に連れて行ってもらった。アパートの場所がすごくわかりにくい場所なので警察官たちも「これはわかりにくいな、引っ越したばかりだと迷っちゃうね!」と納得して帰っていった。いやもう10年以上住んでるんだけど。。部屋に入ったら、買ってきた荷物をその辺に放り投げて、「これは何かがおかしい、脳卒中かな?」とようやく思い、でもO157かもとも思い、保健所に電話した。症状を話したら、このクリニックに行ってみたらと脳神経科のある駅前のAクリニックを紹介された。
また絶対迷うなと思ったのでタクシーを呼ぼうとタクシー会社に電話したが、今配車できる車はありません、と断られた。しょうがないgoogleマップだよりで行くか、と歩いていくことにした。案の定、ちんぷんかんぷんで1時間くらいほっつきまわるがたどり着かない。道行く人にマップを見せて聞いてみるが、このまま真っすぐじゃないですか、とかあれ道案内が車用になってますね、とか言われたが、結局たどり着かなかった。
これは絶対にたどり着かないなと、申し訳ないけど、同じ市内に住んでいるクライミング仲間のN野くんを頼ることにして、「ごめん、申し訳ないんだけど道に迷って、脳卒中みたいなんだけどクリニックを予約したんだけどたどり着けなくて~。迎えに来てもらって送ってくれない?」とお願いした。確か駅近くの回転ずしの前だった。
N野くんが来てくれて、「クリニックよりでっかいびょいんの緊急外来の方がよくないですか?」といって、市内にある大きい病院の緊急外来に連れて行ってくれた。
自動販売機で栄養ゼリーを買ってくれて飲ませてくれて、とてもおいしかった。
とうことで入院ということになった。そのあとはそのままストレッチャーとかに載せられて脳の画像を撮りにCT室とかに運び込まれて、あとは数日記憶がない。このCT室でなぜかN野くんもいっしょに自分の脳の画像を見ていて「うわー、派手に出血してますね~!」と言ったのを記憶しているが実際にそんなわけはないので、そんな幻覚を見た記憶が残っている。
という感じである。
いやN野くん、まじでありがとう。そのあと1か月以上連絡できなくて申し訳ない。頭がぼーっとして、スマホも開けず、もし開いてもぜんぜん見れる状態ではなかったもので。。いや、ほんとマジでお世話になりました。。退院したら高い食事屋も行ってお礼いたします。