「片目隠して隻眼で見る」ことを止めた。

 複視に対する対策として、しばらく前までは、パソコンを見たりスマホを見たりするときに、二重に見えないように片目を覆い隠して、片目で見るようにしていた。そうすると網膜像自体が一つしかないのでものが二重に見えることはなく、疲れるけれども何とかものが見えるのだけれども、あれこれ考慮した結果、その対処方法はやめることにした。

まず一つは、この方法で見ると、目が非常に疲れるのである。ただ片方の目だけ使っているというそれだけのはずだが、なぜかその目が2倍は疲れてしまう。たぶん瞬きとかも少なくなっているのかしれないが、目が乾いてドライアイになりそうなのだ。実際ドライアイの目薬を処方してもらって目にさしていたけれども。

さらに、複視のことを調べてみると、リハビリテーション的には片目で見るという対処はあまりよろしくないようだとわかった。どうしても見えにくい時の最終手段としては良いけれども、普段から片目を隠してみるようにしていると、複視の自然回復を妨げてしまうし、悪い癖がついてしまうようだ。

複視の回復する過程では単純に眼球運動の制限がなくなってくる、両目の視線の方向がそろうようになってくる、というだけではなく、例え視線の方向がそろっていなくても、脳が、どちらか一方の目の情報だけをメインで使用して、もう一方はほぼ無視するようになるという適応の過程もあるようなのだ。つまり物理的に眼帯をするなどで片目を覆っていなくても、脳が自動的に片方の目の情報だけを使うようになる、さらにはもう一方の目からもちょっとだけ使える情報だけを拝借する、という離れ業を身に着けるらしいのだ。

というわけで、眼帯とか使って片目だけを使い続けるのは、そういう脳がせっかく持っている新しい適応過程を妨げてしまい、複視を持続させてしまうことになりかねない。


というわけで、複視の自然回復が期待できる半年から1年くらいは、見づらくても両目でみるようにしたい。どうしても必要、というときだけ、片目をつぶるとかして片目で見るようにしようと思う。


あと、複視は、視野の全面で起こるわけではない。複視を強く感じる視野の部分もあるし、複視が起こっているのかどうかわからないくらいの部分もある。並行でない2本の線はどこかで必ず交わるわけで、本当はそれぞれの目の中心視が重なる部分で交われば良いのだが、自分の場合はちょっとズレて、両目の視線を正面に固定したとすると、右に10度、下に10度、くらいの部分で交わっているようだ。その部分では複視をほとんど感じないか、まったく感じない。最近気づいたのだけども、この位置にスマホを持ってきて見るようにすると、スマホの画面をだいぶ楽に見ることができることがわかった。範囲は狭いが、この位置ならばスマホで動画を再生しても、十分に見ることができるほどだ。昨日の夜も、アマゾンプライムでフォールアウトを字幕付きで見た

のだが、字幕も読みながらしっかり見ることができたのである。ということでスマホの小さい画面でなら、ストリーミングサービスもこのスイートスポットに持ってきて楽しむことができるというわけだ。(だが逆に動画やストリーミングサービスを大画面で見たとすると、そのごく一部の小さい範囲しか見えないので、ぜんぜん内容がわからないということになる。。)たとえ小さくしか見れないとしても、見れると見れないでは大違い。地獄に仏、干天に慈雨というべきか。


ということで、目が見えにくいから「片目を隠す」という対処方法は封印して、見えにくくても両目で見て、なんとか見えるまで我慢する、という方向で行きたいと思う。

独眼竜になるのもクールでカッコいいかなと思って、どんな眼帯にしようかな〜と考えていたが、どうやら眼帯を使うことはなさそうだ。それはそれで残念だ。


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