スマートネスとは何か?隠居22日目

今日も文化生活対 スマート生活の、対立する二つの種族の静かな攻防が繰り広げられる。

自分はトイレに入るのにわざわざ明かりのスイッチをいれて入って、出たらお尻を拭いたその手でスイッチを消す、というようなことをしたくないし、しないのがスマートな生活だと思っている。両親はトイレに入る前にスイッチをオンにする、出たらスイッチをオフにするのが文化生活だと思っている。ということで自分の描くスマート生活を実現すべくトイレのライトは人感センサー付きにした。人感センサーライトにはトイレに座ってじっとしているとライトが勝手に消えてしまうという確かに否定できない欠陥もある。消えたらちょっと身体を動かせばまたライトがつくので自分にとっては大した問題ではないのだが、両親はもうライトが故障したと大騒ぎになってしまう。

いつものようにライトが点くものと思ってトイレに座ったが、身体を動かしてもライトが点かない。薄暗い中用を足してスイッチをチェックしてみると、スイッチがオフになっていた。自分としてはスイッチをいじって欲しくないので壁のスイッチが操作できないようにオンになったまま固定されるようにテープを貼りつけていたのだが、きれいにはがされていた。


まだ家にネット回線、wifiが入っていないので実現できていないが、いずれは台所のライトもスマートにアレクサで点けたり消したりしたいので、すでにアレクサ対応の照明に変えてある。とりあえず現状はスマートではないがせめてリモコンで操作したいので、壁のスイッチで点けたり消したりできないようにスイッチにテープを貼ってオンに固定しておいた。のだがやはり、固定テープは剥がされた。おかげで毎回、一度リモコンでライトを点けようとしてやってみて、あれ、スイッチがオフになっていることを確認してスイッチをオンにするという二度手間だ。


ここで自分が折れて夢のスマート生活を断念し昭和的文化生活に甘んじるべきか、両親がスマートに進歩するまで挑戦し続けるべきか、令和的スマート生活は自分の部屋という狭い世界の中だけのことにして共用部分は昭和文化にとどめるべきか、そこが問題だ。

こんなことを考えながら血圧を測定すると178/105-52。腎臓にどんどん負担がかかっている。結局のところ脳卒中をきっかけにして生活習慣を低血圧生活に変えられる人はわずかしかいない。ほとんどの人は運命に導かれるように元の高血圧生活に立ち戻って再発への道を進むことになる。この世に税金と統計ほど確実なものはない。さてさて。


台風一過の朝、玄関をガチャガチャする音がするので誰か来たのかと1階に降りてみると、父が外に出ていこうとしている。まだ雨も降っているのにどうしたと聞くと、「川が溢れないか心配だから様子を見に行ってくる」と。

どうしてこうも典型的に危険な災害行動をとってしまうのか。「そうやって死ぬ人がたくさんいるんだよ」と言っても「そんなことで死ぬくらいなら、もう死んでてもいいわ~」と聞く耳もない。「玄関を開けて見てるだけ~」と言いながら、結局、門を出て、結局川べりまで行って川を覗き込んでいる。

家のロックキーもスマートキーにしたら、家の中からであっても鍵を開けられないようにできるのか?スマートな座敷牢みたいだけど、将来的にはそこまで考えないといけないのかもしれない。さてさて。


母がお風呂に入るというので、はじめてお風呂にお湯を張ってみる。母の文化生活では入浴には洗面器が二つ必要らしい。お湯をためて身体を洗う用と浴槽からお湯を汲む用。家には洗面器がまだ一つしかないので、野菜用のボウルを使ってもらう。自動で浴槽にお湯を溜めたが水量の調節のしかたがわからなかった。オートメーションで浴槽たっぷりのお湯が入ってしまい、母がおぼれ死にかねない。お湯を捨てて半分に減らしたいが、もったいないから捨てたらだめだと。無駄に死の危険を冒す愚は避けたいのだが、「捨てる」という罪を犯すくらいなら死んだ方がましだという勢いだ。結局、母がお風呂に入る間、すぐに様子を見に行ける台所でこうやってパソコンを打ったり、大量に冷蔵庫に入っているナスをどう消費しようかと焼きナスのレシピなどを眺めて待つ。1時間たっても風呂場から出てこないので溺れてないか様子をのぞいたら、まだ垢こすりしている。

自分の2階の部屋は気密性が高いのか、部屋に入ると部屋の外の様子は全然わからない。両親の生活を監視しようと思い始めると、昼間は1階でパソコン作業をするしかないのかもしれない。そうだとすると台所のスマート化は必須だ。玄関の出入り、一番死亡率の高いお風呂場の様子、自分だったら監視された生活などまっぴらだが、結局のところ両親に対しては安全のためにという大義名分で監視するしかないのか。さてさて。


ここのところ血圧が高いので、有酸素運動をして血圧を下げたいところだが、外は結構な雨。こんな昼間に雨の中近所を散歩するのもためらわれる。両親の散歩もあるから朝にじっくり存分に運動するというプランも現実的ではないので、やはり昼間に運動するためにはジムに入会するのが一番か?とも思ったが、考えてみるとジムに行くには自転車でそれなりの時間をかけていかなくてはいけない。天気が悪いからと天気に関係なく運動できるジムで運動しようかと出かけるうには、悪天候の中を有酸素運動していかなければならない。いっそのこと天気の悪い日は雨合羽を着て散歩するか?それもな~。と、なかなか運動できる環境を確立するのも難しいものである。


そんなこんな考えると、時間や天候を問わずに有酸素運動をするには、ジムに入会するお金を渋って、部屋にルームランナーを買うのも手かなと思えてきた。入院中に「運動の神話」を読んで、ルームランナーで走って健康を手に入れようという現代人の滑稽さ、を冷笑したばかりだったが、「血圧を下げるには有酸素運動しかないかな」、という神話には勝てない。アマゾンによると3万円くらいで健康が手に入るらしい。だが部屋の場所だけ占領して放置され、密林の中にある古代の遺跡のようにツタを絡まらせて埋もれている未来がありありと見えるような気もする。とりあえず今日のところは部屋でランジでもしながら考えることにして、購入ボタンをポチっとするのは我慢した。考えてみれば姉たちの部屋にもそんなマシンが埋もれているかもしれない。まず聞いてみることにしよう。


久しぶりにトレイルメイキングBもどきをやってみた。5分54秒、5分2秒、6分8秒と、入院最後のころとタイムは変わらないようだ。注意力が落ちているのは刺激の乏しい入院生活への適応ではないか、刺激の多い外の生活をしてたらすぐに自然に回復するのではないか、そもそも障害があったこと自体が悪い夢で本当は何も問題などなかったんじゃないか、などと淡く思っていたが、注意の障害があったことも現在もあることも現実のようだ。丸で囲んだ数字を見ると目がチカチカするのもそのまま、トレイルメイキングBもどきの画面が見にくいのもそのままだ。障害は存在を忘れることで打ち消すことはできないようだ。トレイルメイキングBもどきをリハビリとしてトレーニングしたら注意力の改善に役立つのかどうか、トレーニングすべきかどうか・・。隠居生活で暇とはいえ、日常生活を送っているとリハビリ入院の時のように、効果があるかないかわからないリハビリを積極的にやろうという気になかなかなれないものだ。さてさて。


ナスが冷蔵庫に大量にあるので夕食は焼きナスだな~と思っていたら、夕食は姉の家でごちそうになることになった。台風のゴミ整理のついでに実家の庭でかぼちゃも採れたようだ。さてさて大量のナスとかぼちゃをどうしたものか。

夕方まである程度の雨風があったが、とりあえず今年一つ目の上陸台風はゆっくりと北へ過ぎたようだ。今日は窓のシャッターをあげて早めに寝ることにする。


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