隠居27日目
ここ数日、ファミリービジネスで忙しい。たいして忙しくないのだけど、両親と生活するだけで、まあよくいろいろとあるもんだな~、あっという間に時間が過ぎてしまう。自分の場合は、自分のことと両親のことを考えるくらいだからなんとかやりくりできるけれども。これが両親だけではなくて、子や孫がいるような人はほんとうに忙しいんだろうなと。
島流し生活もどうやら落ち着いてきたので、ようやく運動のジムのことや、料理教室などについて考えられるようになってきた。それらを検索したり、どうしようか軽く考えながら、ルービックキューブをくるくる回す。ルービックキューブもようやく新しいキューブの感触に慣れてきたようだが、くるくるやっていても、まだまだ1分を切るような感じではないので、タイム計測もせずに、とりあえずカチャカチャやっている。
昨日は朝食後、急に父親が調子が悪いというものだからあわてて姉に連絡をしてどうすればよいかを聞いた。考えてみれば両親のことは姉任せで、どんな病気を持っていてどこの病院に通っていて、何の薬を飲んでいるのか、マイナ保険証はどこにあるのか、お薬手帳はどこにあるのかもよく知らない。さすがに救急車を呼んだりしたときに、これまでずっと離れて暮らしていたので両親のことは何も知りませんよ、と言い訳するわけにもいかない。姉にいろいろと聞きながら情報を整理する。といっても両親二人分、ずいぶんいろいろ病気があるもので、いっぺんに把握するのも老化が進んだ頭には大仕事、整理と把握にちょっと時間がかかりそうだ。車が運転できないので、両親を病院に連れていってあげることはできない。まあ基本的には両親の通院は姉任せだ。自分は両親にどんな病気があるのか、何の薬を飲んでるのかくらい把握するようにしておこう。自分が脳出血したときにもタクシー呼ぶのに苦労した。普段使い慣れてないことを、あわててるときに初体験というのは負担が重い。一度くらいタクシーを呼ぶ練習もしておこうか。
自分の病気については、両親はあまり気にしていないようだ。それよりも病気になったから戻ってきて一緒に住むようになったということで、今のところはむしろこれまでより心配の種が減って安心したのかもしれない。自分の後遺症も生活に影響があるのは視覚の問題くらいで、外から見てほとんどわからない感じなので、それが良かったようだ。認知的問題も、もともと自分はボケっとしてみえるタイプなので少々認知症が進んでも逆にこれまでと違う感じもしないのだろう。もともと無表情で何を考えてるかわからないタイプなので顔面麻痺もたぶんまったく気にされてない。というわけで生活していて後遺症で困ることもほとんどなく、不便なのは自分が車を運転できないくらいだが、姉たちが近くに住んでいるので今のところ何とかなっている。
今血圧を測ってみたら122-77-55。数日高かった血圧も、昨日くらいから落ち着いている。車を運転できないかわりに、自分にとっては出歩くことはそのまま有酸素運動になる。まだまだ昼間出歩くには酷く暑いが、今日もできるだけ歩こうということで、保健所が主催しているらしい「食生活改善推進員と作る料理教室」のメンズキッチンのパンフレットでも置いてないか、近くの福祉館に散歩がてら行ってみることにする。いやあ、呑気な隠居生活だな。