隠居30日目、脳出血以前と同じではないことを自覚、認めねば。
このブログはいちおうリハビリの記録なので、ちょっと今日は病気による変化のネガティブな面も書いておくことにする。特に弱音というわけではない。
病気によって何も変わらなかったと思いたいところではあるが、 やはり脳出血前の自分とは同じではない、同じようにはできないことも認めねばなるまい。
先日の映像仕事の後処理で書類作成等をするが、これがなかなかに難しい。ただ単に請求書を書いて出すという、何度もやってるただそれだけの作業なのだが、それだけの作業もちゃっちゃっと簡単には済ますことはできなかった。
まずは用紙なども全て一度処分してしまったので、請求書の用紙を用意しなければならないが、それを買いに行くのも以前よりも負担がかかる。といって単に店に行くだけだが、車でささっと行くことができないというだけでもだいぶ敷居が上がる。ものを探す能力が落ちているので、お店で請求書が置いている場所を探すのにも少しだけ余計にかかるし、ちょうどよい品物を見定めるのにも時間がかかる。
請求書には振込先も一緒に記載したいのだが、こういった書類は古い時代から書式が変わっていなくて、現金でやり取りしてた時代な遺物なの?というものしかない。ということで、以前から請求書に振込先を書くことには苦労していたが、後遺症か加齢か、狭い場所に小さい字を収めるということに非常に苦労するようになってしまい、以前よりもさらに書きにくくなってしまった。なのでそういう場所がはじめから用意された請求書の用紙が欲しかったのだが、そういうものは見つけられなかった。ということで、結局どこでも手に入るようなごく普通の請求書に、苦労して小さい文字で振込先を書いてみた。えらい苦労して書いたけれども、口座番号など、読む人が正確に読み取れるように書くことができたのかどうか・・。インボイス制度がうんぬん・・対応できてる形式にできてるのか自信がない。
さらには郵送で送らなければならないので封筒に宛先を書くが、視覚の後遺症で、縦横の感覚が壊れているので、無地の封筒に、住所やあて名を書くのにえらい苦労してしまう。列はがたがただわ、宛名を書いてる場所が変だったりするけども、まあなんとかこれでも郵便局の人も読み取って(努力の跡を汲み取って)送ってくれるのではないか?というギリギリの線に苦労して書き上げる。 小学生も上級生くらいだったらもう少しまともに書くだろうけどもというラインだ。
書くことにも苦労するけども、自分が書いたものを見てチェックをしても、これがほんとに読み取れるラインをクリアできたのかどうかという判断にもいまひとつ自信が持てなかったりする。
デジタルなやり取りだったらタイプライティングだけなので、誤字脱字を気を付ける(それ自体も以前と同じ注意力ではないので苦労するが)だけで済むけれども、手書きで文字を書いたり書類を作ったりするのはほんとに大変だ。
ちょうど同時に、父の「物価高騰対応補足給付金」のための書類が届いていたのでこれを処理したが、揃えなければならない必要な書類は何と何なのか、書類のどこを記載して提出するのか、書類を読んでもすんなりとは理解できないし、自信をもって理解したと思うところまで行きつかない。こういった書類も以前は(やる気になれば)ちゃちゃっと理解して、(めんどくさがってやらないことがほとんどだったが・・)ささっと終わらせていたような気がする(気がするだけかもしれないが、少なくとも苦労したり理解できたかどうかで思い悩んだり、理解に自信が持てないということは無かったと思う)。
書類の作成、必要な手続きの理解・・・。こういった作業には以前よりも数倍の時間と心的コストが必要だ。もともとこういった事務処理は苦手だったというのも大いにあるが、脳出血の後遺症と加齢による理解力の低下とのダブルパンチ、ほんとうにこれから苦労させられそうで憂鬱だ。。