練習、練習、練習・・隠居39日目

リハビリ隠居は残念ながらうまく回っていないようだ。今朝もなんとなく身体がだるいような感じで、起きてすぐから「あ~この感覚は血圧高いな~」とすぐわかる。頬からこめかみのあたりの皮膚が突っ張ったような火照ったような感じで、なんとなく頭もポーっとしている。血圧を測ってみるとやっぱりけっこう高め。悪循環なのだが、目覚めがシャキッとしないと「よし!朝から有酸素運動だ!」という気にはならず、「アレクさん、静かなクラッシックを流して~」とお休みモード。だらだらして、結局朝は、母親の散歩の付き添いと父親の散歩の付き添いとそれぞれ500歩くらいあるいて終了となった。こんなものではぜんぜん血圧を下げる効果もない。


即効的に血圧を下げるには薬を飲むしかないか~と、朝食前に薬を飲んだ。血圧が高値安定になってしまっているので、次の受信日には血圧の薬を少し増やしてもらうようお願いしてみよう。前回の受診時に1日2回だった朝夕の薬を1日1回にまとめてもらったが、薬が増えると、また1日2回に戻さないといけないかもしれない。まあそこは譲れないようなところでもないのでしょうがないところか。まずは血圧の低め安定、それが自分のリハビリ隠居の最優先事項だ。


リハビリ生活はうまくいっていないが、ワーカー生活は自分なりには充実している。カメラとレンズがやってきてから、毎日撮影の下準備、撮影練習にと忙しくて、ブログ更新はすっかりさぼり気味だ。


新しいカメラはGH7なのだが、以前にGH5という同じパナソニックLUMIXの二世代前の機種を使ったことはあったので、すぐに操作にも慣れるだろうと考えていたのだが、甘かった。二世代というのは隔世の感があるというべきか、性能もメニューも設定できる項目も、撮影できるフォーマットも、まったく別物だ。カメラの操作を把握するだけでもあと一か月はいじりまくらないとダメな感じだ。撮影フォーマットも、今のPCでは重くて扱えない。できるだけはやめに編集マシンも更新が必要だ。。

カメラだけではなくもちろんレンズもまったくの別物なので、カメラなしで見ている世界が、カメラとレンズを通してみたらどのように見えるのかのイメージが全くつかない。視覚の後遺症で、これまで見ていたファインダーやモニターの見え方が違うというのもあるし、カメラもレンズも違うから慣れないというのもあるし、これに慣れるだけでも結構な作業だ。こればっかりカメラのファインダーを覗く時間増やすしかない。

とは言え気ままな隠居生活。時間はいくらでもあると言えばある。というか、自分のためのリハビリ、運動関連で1日2時間、食事の準備や生活のもろもろに1日3時間、両親の散歩その他にもろもろ1時間、睡眠・休息そのほかにもろもろ10時間、としてこれらで1日14時間。すると残りは1日10時間はワークのための時間にあてることができるわけだ。

ということで1日8時間から10時間をカメラをいじったり、撮影対象を探したり、撮影対象の研究したり、ロケハンしたり、撮影計画を夢想したりに使えるという贅沢な生活なわけだが、なんだかんだで1日10時間では全然時間が足りていない。とはいってもワークに締め切り期限があるわけではないので、あえて言えば自分の人生が終わるときがワークの締め切りだ。自分のペースで自分が納得できるように、自分本位で気ままにワークし続ければよいだけだ。

自分のようにごついレンズとかカメラを持ってうろうろしていると、「プロですか?」とよく聞かれる。プロとアマチュア、その線引きはどこにあるのか?自分としてはどうでもよいのだけども、気になる人には気になるようだ。でもプロの定義は人それぞれに違うだろうからどうにも答えに窮する質問でもある。自分としてはワークとして撮影しているのでアマチュアではないという認識だが、だからといって「プロです!って言うのも心苦しい。普通の人にすればプロというのはそれで生計を立てられるくらいお金を得ている人、という認識だろう。その意味からすると自分の撮影ではぜんぜん生計は立たない、というかむしろ生計を脅かす原因となっている方向性で、完全にプロ失格である。ということで自分はいつも「24時間カメラマンです!」「フルタイムビデオグラファーです!」「フリーランスで撮影してま~す~と答えることにしている。まあ聞く方も素性調査ではないので本当にプロかどうか知りたいわけでもないだろうし、「プロ」っていう認定証があるわけじゃないし、まじめに答える必要もないだろうが。

とは言え、自分はフリーランスカメラマンであって、趣味で撮影しているアマチュアカメラマンではないという矜持はある。その矜持は撮影で稼いでいる金額にはまったく依存しておらず、撮影のために準備をするか、下調べをするか、練習をするか。特に最後の「撮影の練習をするかどうか」この一点に依存している。

たとえばカワセミはバードウォッチャーとか普通の人にも人気のある野鳥だ。そのカワセミを、ただ追いかけて撮るのは普通のアマチュアカメラマンだ。別に素人が撮ってもプロが撮っても、正直言って撮影された写真や動画の出来栄えはたいして変わらない。でもそれはワークとは言えるかどうかというと、やはり素人が撮ったものはワークとは言えない。でもプロを自任するカメラマンはただカワセミを追いかけて撮ったりはしない。ワセミの生態を調べ、撮影のためのポイントを調べ、ベストポイントはどこかとかを調べ、カワセミのどんな生態を撮りたいからどの時期に狙いたいか調べ、ロケハンをしてカメラのベストの設定を考え、カワセミが居なくても撮影してみて背景がきれいに見える設定や撮り方を考える。さらにはカワセミの動きを撮影するためのシミュレーションとして、飛んでるスズメとかハトとかカラスとかで撮影の練習をする。実際にカワセミの撮影を始めるまえに何時間も何十時間も練習や設定を煮詰めるために使う。そうなってくるともう立派なワークだと思う。

たとえば遊びでゴルフしているゴルファーだったら、ゴルフ場でラウンドしている時間と、ゴルフ練習している時間の比率は、1:1とか、熱心に練習しているゴルファーでも1:100とかなのではないか。だけど、試合している時間と練習している時間の比率が1:100とかしかないプロゴルファーとかありえるだろうか?年に試合は10日20日だったとして、それ以外の日は休んで遊んでいるわけではない。試合のある日も試合以外に何時間も練習しているはずだし、そもそも試合に出れるようになるまで、何万時間も練習したはずだ。

撮影も同じことだ。趣味でやってるカメラマンだったら、実際に撮影している時間と、撮影のための準備や練習の時間の比率は、たぶん1:0とか1:1というところだし、楽しみのためなんだからそれで十分だ。しかしフルタイムフリーランスビデオグラファーの矜持としてはそれではやりがいのあるワークとは言えない。せめて1:1000なり1:10000なりの比率が必要だ。アマチュアカメラマンは1000本ノックのようにひたすら飛んでるカラスとかツバメとかをファインダーに捉える練習を何時間もしたりはしないものだが、フリーランスビデオグラファーだったら、実用的な時間でファインダーに捉えられるまでひたすら練習しなければならない。

というわけでここのところはブログを書く時間もほどほど、撮影のための下準備、練習、練習、で忙しい。実際に撮影に行く、行けるのはまだまだ先だ。それまでにはカメラもレンズも自分の手足のように使いこなせるようになっておきたい。というか自分の手足や目が若干自由に使いこなせなくなっている分、他の人と同じ練習量、並みの工夫では全然足りない。練習練習、工夫工夫。

例えにはカワセミをだしたが、自分が撮りたいのはカワセミではない。今年の秋は秋の虫、秋の虫の鳴き声をしっかり撮影しておきたい。また九州の干潟や浜で秋のシギチを撮っておきたい。また冬になったら港のカツオドリを撮りに行って、海に飛び込むカツオドリの姿やまた魚をめがけて飛び込んだカツオドリの水中での様子も撮影したい。。

ということで撮りたいものはたくさんある。練習、練習、また練習だ~。


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